17日目 プノンペン "平和ってなんだろう?"

シンガポールから飛行機で2時間

カンボジアの首都プノンペン

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プノンペンに着いたときの
機長のアナウンス



"Welcome to Cambodia!''
(カンボジアへ ようこそ!)


In Phonon Penh,
Today is very very hot ...like me!"
(今日のプノンペンはとてもとても暑いよ!…私のようにね!)

乗客からは歓声が…!笑
ユニークな機長です!


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入国カード、税関申告書などを出して、


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ビザもゲット!(20USD)



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首都とは思えないくらい、小さく静かな空港でした。




カンボジアの貨幣
リエルとUSドル
をゲットしました。

カンボジアではアメリカドルが使えるんですよね。そして、細かい支払いはリエル。

1USD = 4000リエル

というかなり面倒くさい換算です…
基本支払いはアメリカドルです




~~~



1泊400円の宿に泊まり、2日目。

歩いて回るつもりだったのですが、
トゥクトゥクのおじさんに声かけられます。


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(※トゥクトゥク…タイやカンボジアでよく見られるバイクを動力にしたタクシー)







"どこいくの?"

"この辺歩いて回るだけだよ"

"乗らないかい?キリングフィールドまで10ドルだよ"

"いや今日はいいかな…"

"8ドルにするよ!客がいないんだ…家族もいる。子供も4人いるんだ。お腹空いてるんだ。"

"…"




結局、情に負けて使いました。
ここで情に負けるあたり、旅人としてまだまだなのかもしれませんが、今回ばかりは仕方なかったのかなあ…。




ただ、おじさんも貧乏学生ということで、安くしてくれました。


1日乗り回して20ドル。
相場より少し安いくらいだったから、ありがたかったです。


超貧乏旅。いつもは何十キロでも歩いて節約するのですが、たまにはリッチにトゥクトゥクの旅もいいものです!






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中心部から、14km。
キリングフィールド(Killing Field)

かなり遠いのですが、ここは絶対に訪れようと思っていました。




カンボジア、といえば、
世界史を習ったことのある学生、
僕たちの両親の世代くらいの方々は



ポルポト政権による恐怖政治を思い出すかもしれません。



"農民こそが正義"

と言い、クメール・ルージュを掲げた独裁者ポルポトは全土に恐怖政治を敷きます。プノンペンのような都市の住民は農村に連行され、強制労働に駆り出されます。首都プノンペンは48時間以内に全て封鎖されました。




"首都が数日で荒廃した"




と表現する人もいました。
強制労働に駆り出された市民たちは、子供、女性も含みます。そして、無差別な大量虐殺が始まります。






1975年から1979年までの4年間で国民の実に3分の1もの人命が失われたといいます。




それがここ、
キリングフィールドです。
1日300人以上のカンボジア人の方々が連れてこられました。



(ここからかなり残酷な表現があります。不快な方は、読むのをおやめになった方がいいかもしれません…)

 


進んでいきます。
入場料は5ドル
親切にも機械によるアナウンス付きです。


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パッとみると、
小鳥のさえずりも聞こえるし、
静かな田舎という感じなのですが、



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この芝生のしたには大人子供も問わず無差別に虐殺された方々の、何百体もの遺体が眠っています。



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これはサトウヤシの木
木の幹が尖っているのが分かります。
この幹は、鋭利なので地元ではよく食用の鶏の首を切るのに使われたそうです。

そんなサトウヤシの木
この木を使いなんと人を無差別に殺していきました。




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これはマジックツリー。
驚くことに、このキリングフィールドの周囲の住民はここが処刑場だということを知らなかった。




それはこのマジックツリーにラジカセが掛けられていたから。大音量で音楽を流し、殺されゆく方々の悲鳴や断末魔をかき消していました。



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そしてこれはキリングツリー。
この大きな木、ポルポト政権崩壊後、近くの農民が、人間の脳や肉片が付着しているのを見て不思議に思ったそうです。



それは赤ちゃんも含む人たちをこの木に打ち付け、殺したから…








そして、このキリングフィールドを歩いていると分かるのですが、地面からは洋服の切れ端や人間の骨の一部がでています。



これは雨季のカンボジアなので、どうしても埋められた方々の服や遺骨がでてきてしまいます。明らかに分かる形でした。それを避けながら歩きました。




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最後に慰霊塔。
ここには何千もの頭蓋骨が保管されています。実際に見ることができます。


そこでお祈りして帰りました。







僕の文章力では見たものの10%も伝えることができてないと思います。それだけ見たもの聞いたものが悲惨だったから…。本当に悲惨でした…。






ポルポト政権については、祖父母から小さい頃から話はよく聞いていました。しかし、実感が湧かなかったというか、そんなに頭に入ってきませんでした。



しかし、こうやって実際にいろんなものを見ると、悲惨さがひしひしと伝わってきました。





驚くべきは、これは

"一国内で、
しかも同じ民族同志での殺し合い"

ということです。
クメール・ルージュの兵士たち、つまりカンボジア軍の兵士たちは、涙を流しながらカンボジア人を殺していきました。




なぜなら、
ポルポトに歯向かうと
殺されてしまうから。





政治が暴走すれば、平和な国といえど ""戦争はせずとも"" たくさんの人命が失われ、多くの悲しみや憎しみを生みます。




平和な国に住む日本人である自分も 絶対に 忘れてはいけないと感じました。
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